最近3Dプリンタについて調べる中で、Sherpa Mini Extruderと呼ばれるエクストルーダを見つけました。小型ステッピングモータにより軽量かつダイレクトドライブ式で、いろんな3Dプリンタに導入可能なんだとか。
AliExpressで販売されていて購入しようとするも、モータのメーカーがMOONS’とLDO motorsの2種類あり、違いがわからず迷って止まっていました。
そこで本記事ではSherpa Mini Extruderを紹介しつつ、MOONS’モータとLDOモータの違い、そしてどちらのモータが良いかについて解説します。記事を読めば、LDOモータを選ぶのが良いことが分かると思います。
本記事では2社のモータを実験で評価・比較したわけではなく、データシートやSherpa Mini Extruder開発元の情報、AliExpress販売業者の回答に基づき、違いを整理しています。データが見つからず曖昧なまま比較している部分もありますが、ご了承ください。
Sherpa Mini Extruderとは?
Sherpa Mini ExtruderはAnlin氏とAnnex Engineeringのチームにより開発されたダイレクトドライブ式エクストルーダです。特徴として開発元や通販サイトの商品説明などでは以下の点を挙げています。
- 軽量かつ高耐久性
- デュアルギアによるエクストルーダ
- ピニオン付きパンケーキ型ステッピングモータを使用
- 50:10または50:8のギア駆動設計を採用
- ほぼ静音でありながらも十分なトルク
- あらゆる3Dプリンタで利用可能(ただしチューニングが必要)
よく目にする四角形状のステッピングモータを採用したダイレクト式エクストルーダは重いため、動作負荷が高く造形精度が下がるという欠点があります。
しかし、Sherpa Mini Extruderは小型のステッピングモータを採用するとダイレクト式の欠点である重量を克服できます。これにより、ボーデン式の3Dプリンタをダイレクトドライブ式に改造することが可能になり、TPUのような軟性素材を使った3D印刷が可能となります。
設計やライセンス、部品表、組立手順などの詳細は、Sherpa Mini ExtruderのGitHubにて確認できます。また、READMEからDiscordのサーバーに参加するとSherpa Mini Extruderや3Dプリンタ全般に関する情報を共有することができます。
AliExpressの取扱い多数 & Prusa MINIの改造例
Sherpa Mini ExtruderはAliExpressのストア(Trianglelab、Mellow、Fysetcなど)で入手することができます。エクストルーダーのパーツは射出成形や粉末焼結などで作られており、強度を上げているようです。
Trianglelabの製品ページでは、Prusa Researchのボーデン式3Dプリンタ Prusa MINIをダイレクトドライブ化した改造例を紹介しています。フィラメントの追従性が良くなり印刷品質が向上した結果や、TPUフィラメントによる印刷の様子が公開されています。
Prusa MINIはX軸が片持ちなのでエクストルーダの重量による影響を受けやすい構造です。そのような機種でもアップグレードできると可能性が広がりますね。
2つのメーカー (MOONS’ / LDO Motors) の違いについて
前述のTrianglelabの製品ページでは、ステッピングモータは2種類のメーカーのものを選択できます。一方はMOONS’製モータ、他方はLDO Motors(以下、LDO)製モータです。下記の比較画像では配色が違うのは一目でわかりますが、寸法や性能などの具体的要素については明記されておらず、購入者側にとって分かりにくいです。
そこでMOONS’とLDOモータの違いについて調べてみました。と言っても、実際に2つのモータを購入して実験を通して評価・比較したわけではなく、以下の内容を踏まえて検討しました。
- 各モータのデータシート(Trianglelabの商品ページ概要のものを参照)
- 販売元の1つであるTrianglelabへの問い合わせ
- 開発元GitHubの情報
- ANNEX EngineeringのDiscordの意見
その結果、LDOモータを採用するのが良いことがわかりました。調べた限り、2つのメーカーの違いとして以下の点が主に挙げられます。他にもあるかと思いますが、以降では各項目の違いについて解説します。
- 寸法(厚み)
- 温度性能(絶縁階級、発熱)
- 出力トルク
寸法(厚み)
各モータの情報はデータシートで確認できます。そこから各モータの寸法の一部と重量を抜粋しました。ただし参考寸法などの詳細は省略しています。
- MOONS’モータ:直径 36 mm、厚み 17.4 mm、重量 85 g
- LDOモータ:直径 36.2 mm、厚み 20 mm、重量 85 g
左から順に比較すると、直径はほぼ変わりませんが、厚みについてはMOONS’モータの方が2.6 mm薄いです。エクストルーダはサイズの小さい方が動作負荷も小さくなるため、MOONS’の方が望ましいです。
ただし、2つのモータの重量はいずれも85 gと同じ値です。重量が同じで厚みの差の程度を踏まえると、慣性の影響の差はあまり無いと考えています(あくまで想像)。そのため別要素で比較するのが良さそうです。
もしSherpa Mini Extruderをリミックスして、より小型なエクストルーダを作りたい方がいれば、より薄いMOONS’の方が適しています。
※2022年10月3日追記:下記ツイートにて個人で比較されている情報がありました。
重さ。スペックシート通りLDOのほうが軽い。同じ電流だとMoonsの方がトルク無い感じ pic.twitter.com/o9PL1cT9zT
— 貴志産業 (@VBXNwi) October 2, 2022
温度性能(絶縁階級、発熱)
まず、絶縁階級 (Insulation Class)という指標を比較します。ステッピングモータには巻線などを保護するための絶縁材料が入っていますが、巻線に電気が流れるとジュール熱や鉄損によって熱が発生し、絶縁体はこの影響を受けて劣化していきます。そのため、この指標を見るとモータがどの程度の熱に耐えて性能を維持できるかを評価でき、階級が高いほどより高温な状態でも耐えられるモータであることを示します。
絶縁階級の説明についてはこちらの2つの記事を参考にしました。
≫【F種Bライズとは何か?】耐熱クラス(絶縁階級)について説明する | Wish your life be more juicy
≫What does motor insulation class specify and why is it important?
データシートを参照すると、2社のモータそれぞれの絶縁階級は次のとおりです。
- MOONS’モータ:Bクラス(許容最高温度 130 ℃)
- LDOモータ:Hクラス(許容最高温度 180 ℃)
エクストルーダに使うモータはフィラメントの押し出し / 引き戻し動作の繰り返しで高温状態になりやすく、200〜300 ℃のノズルの近くに位置するため熱の影響を受けやすいです。そのため、より高い階級のLDOモータを選定するのが望ましいですね。
もう一つの発熱に関して、Trianglelabの回答だとMOONS’モータの方が発熱しにくいとのことです。
ただし具体的な数値での違いは分からず、データシートや商品ページに記載が見当たらないため、発熱の詳細は正直分かりません。TrianglelabはSherpa Miniを300個以上販売しているので信頼できるとは思いますが…。印刷時の周囲環境やgcodeデータによっても発熱量は変わってくるので、どうしても気になる方は実際に使って確かめる必要があります。
モータの周囲部品自体はナイロン素材 (Trianglelabの場合PA+GF30) で作られており、他のプラスチック素材と比べると耐熱性があります。いずれのモータを使用しても部品が熱変形してしまうほど弱くないと思うので、発熱よりも絶縁階級を優先してLDOモータを採用するのが良いかと。
※2022年10月3日追記:下記ツイートにて性能比較の情報がありました。脱調回避のために電流値をLDO:0.25A、MOONS’:0.5Aに設定したところ、造形後の温度がLDO:46℃、MOONS’:38.8℃と、約7℃の差があったようです。MOONS’の方が電流値が多いのに温度は低いという点から、MOONS’の方が発熱しにくいのは確実のようです。
で、Moonsを0.5Aで駆動してみた結果脱調はなくなり、造形後温度は38.8℃
— 貴志産業 (@VBXNwi) October 2, 2022
トルク測定したいからバネ秤でも買うかなぁ
出力トルク
ここではTrianglelabからいただいた意見を見ていきます。前述の発熱に関する回答では、LDOモータの方がトルクは少し強いと教えていただきました。そこでダイレクト式導入のメリットであるTPU素材の印刷についても尋ねると、次のような回答をいただきました。
Trianglelab曰く、MOONS’とLDOのモータどちらも、フィラメントを送るには十分なトルクを持っているとのことです。ただ、LDOモータの方が高速印刷する上で好まれることも教えていただきました。
印刷時間短縮のためにフィラメントの送り出し速度を上げると、モータの回転数は速くなり低トルクになります。このため、より高いトルクを出力できるLDOモータの方が良いようです。
補足として、ステッピングモータ選定時には回転速度−トルク特性を表す曲線を参照することがありますが、MOONS’およびLDOモータではそのような資料・データは見つけられませんでした…。ただ、Annex EngineeringのGitHubには彼らが実験して作成したLDOモータのトルク特性曲線があるので、詳細が気になる方はそちらを参照してください。
≫ Annex-Engineering.github.io/extruder_force.md at master · Annex-Engineering/Annex-Engineering.github.io
結局どっちのモータが良さそう?
以上の3項目(寸法、温度性能、出力トルク)についてMOONS’モータとLDOモータの違いを見てきました。結論としては、より高温な状態でも耐えられ、より高いトルクを出力できるLDOモータの方を選定するのが良いということがわかりました。
なお、すべての項目に対して具体的な数値やデータを見つけられなかったため、曖昧な部分があるかと思いますので、情報が見つかり次第追加して吟味します。もし情報をご存知の方がいればコメント等で教えてください!
補足
Sherpa Mini Extruder開発元の推奨モータは?
前述の比較では主にTrianglelabの回答を参考にしましたが、あくまでも販売元であることを執筆後に気づき、Sherpa Mini Extruder開発元の情報を調べました。
- Annex Engineering発行の部品表にはLDOモータの型番が記載 (“LDO-36STH17-1004AHG8 or LDO-36STH17-1004AHG Stepper”)
- 開発者のAnlin氏が「LDOモータを薦める理由は、高温のチャンバーの中で何千時間ものテストを行い、耐えられると分かったから」とDiscordにてコメント
この2つの点から開発元推奨のLDOモータにするのが安心だと思います!MOONS’については、耐久テストに関するコメントは見当たらず、十分な検証はされていないようです。LDOモータを選ぶのが無難そうですね。
パンケーキモータを利用する小型エクストルーダ
今回紹介したMOONS’およびLDOのステッピングモータは薄くて円柱状であることから、パンケーキモータと呼ばれています。
エクストルーダの小型化・軽量化に向いているため、さまざまな種類のエクストルーダで採用されています。BondtechのLDOモータ製品ページでは以下4つが挙げられており、本記事で紹介したSherpa Miniも含まれています。他の各エクストルーダの特徴が気になる方は是非調べてみてください。
さいごに
本記事では、軽量かつダイレクト式エクストルーダ Sherpa Mini Extruder を紹介し、AliExpressで流通する2メーカー(MOONS’ / LDO)のモータの違いを解説しました。紹介したエクストルーダやパンケーキモータの導入を検討されている方の参考になれば幸いです。
ちなみに私はLDOモータとPrusa MINI+を購入し、ダイレクトドライブ改造を計画しています。進捗が出来次第別記事にて更新します。
ダイレクトドライブ化については別記事で調べていたので、興味ある方はこちらを参照してください。
なお、本記事はTrianglelabの許可を得て画像を使用しています。
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